西願寺(さいがんじ)は、埼玉県草加市にある浄土宗の寺院です。

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浄土宗 西願寺

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埼玉県草加市遊馬町430 

浄土宗 西願寺

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浄土宗 今月の言葉

寒さ越え 山笑うころ 春彼岸 3月

 

Just as springtime revives all life, let us be thankful for being alive here and now.

 私たちが情報源として毎朝読む新聞は、発行部数のピークだった21年前と比べて約26パーセントも減ったそうです。

 一方でパソコンやスマートフォンのアプリでニュースやさまざまな情報を得ることが多くなってきました。私もそこで得た情報を話のネタにしていることが多々あります。先日もある親子の話を目にしました。

 母親が13歳の息子から「俺は結婚も子育てもしないだろうなぁ」と言われたそうです。「別に個人の自由だけど、子育ては楽しいよ~」と母親が返事をすると、「えっ、お母さん楽しいの?」と息子が驚いて言ったので「マラソン選手だって走ってるときは苦しそうだけど、本人が好きだから走っているわけでしょ」と返しました。

 このとき母親は心の中で「母は毎日楽しそうに見えないかもしれないけど、実は子育ては楽しいよ」と、子どもたちに伝えておかなければと反省したと吐露されていました。

 この話、皆さんはどう感じますか?

 マラソンで走っている姿を見るとつらそうに見えますが、本人はいいタイムが出たり、完走できたりという喜びがあるから走れます。そしてその苦しい中でも、周りの人の支えがあるからこそ過酷な練習やレースを乗り越えることができるし、ゴールしたときの嬉しさが倍増するのではないでしょうか。

 子育ても同じことではないかと思います。受験や就職活動、人間関係などのほかにも日常生活においてたくさんのつらいことがあります。でも大変なことより、わが子の笑顔や活躍している姿、頑張っている姿を見ると、こちらも幸せな気持ちになり、だからこそ子どもが一人立ちしたときの喜びもひとしおです。

 立ち止まったり、引き返したり、回り道したりしてもいい。ゴールに向かう途中には多くの人の支え、助けがあり前に進むことができます。

 3月の年度末は苦しみやつらさに耐えきれなくなる人が多いといわれています。もしどうにもならなくなったときは、周りの人を頼ってください。声を出してください。あなたを支えてくれる、力を貸してくれる誰かがきっといるはずです。

 今月のお彼岸にはお墓参りに行って感じてください、多くのご先祖さまの命のつながりがあり、今の自分がいることを。そして、多くの人とのつながりによって、今、生かされていることを。

 (佐賀県鹿島市 願行寺 田中照彦)

水に源あり 木に根あり 2月

Treasuring our roots helps us lead better lives.

 暦の上では、春を迎えました。境内にある古木、紅梅の枝頭にも、花咲く春の足音が聞こえます。枯れたように見える樹木も、花や葉が落ち養分となって、目に見えない土の中で、根が水を吸い上げ、着実に命を繋いでいたのです。

 咲いた花見て喜ぶならば

  咲かせた根元の恩を知れ

という言葉があります。刹那に生きる凡夫ぼんぶ(私たち)の姿、目に見えるものへのみ、感情がつい向きがちな我々です。花が咲いたおかげで、実が実る。根がなければ、花実をつけることさえありません。水も無ければ、樹は枯れてしまうのが常識です。我々も、数えきれないほどのご先祖さまの命と、それを、育んだ無数の人の命の繋がりで、生かされているのです。

 私の住職としての日々も、一つの時代の節目、平成と共にあり、30年目を迎えました。幸い近寺の住職を務める父、師僧の指南があり、なんとか今日まで法灯ほうとうを護まもることができましたが、その陰には、いつも優しい母の姿がありました。この両親をはじめ総代方、お檀家さまの支えがあってこそ今日の私があるのです。

 その母も亡くなり、今年9年目を迎えます。多忙な父の留守がちなお寺を、一人で50年近く護ってくれました。母は肝臓を患い、晩年は肝性脳症から来る幻聴・幻覚に苦しみ、昼も夜も分からない状況でした。たまに母を訪ねると、夕方薄暗くなった台所で、電気も付けず、眼を閉じて、椅子に腰かけたまま過ごすようなことがよくありました。母の背後から「大丈夫?」と声をかけると、母は口癖のように、小さな弱い声で「何か食べる?」「何か作ろうか?」「お腹減っていない?」と、まず私を案じてくれました。自身の体調などいつも後回し、今更ながら、子を思う母の心の大きさ、優しさに、自身の至らなさを恥じる毎日です。母は私がこの世に生をける前にも後にも、惜しみなく愛情を注ぎ続けてくれたのです。

 阿弥陀さまは、私たちが生まれるずっと前からお浄土を構え、救いの御手を無条件に差し伸べられています。私もやがて母の待つそのお浄土で、自身の花を咲かせるべく、その根を培う日々のお念仏に精進して参りたいと思います。阿弥陀さまが説かれた本願のお念仏を、そして法然上人お導きのお念仏を、共に申して生きてまいりましょう。

(滋賀県東近江市 西福寺 稲岡純史)

お念佛からはじまる幸せ  1月

Let us start the year by reciting Namu Amida Butsu in gratitude for being alive.

 先日テレビを見ていましたら、作家の伊集院静さんが出ておられました。20歳の時に16歳の弟を亡くし、35歳の時に妻である女優の夏目雅子さんを亡くされたご経験を語ってらっしゃいました。「理不尽な別れに酒におぼれ、無気力な日々を過ごした時もありました。ですが今ならわかります。人は出会えば必ず別れがやってくる。別れは終わりではなく、始まりなんです」と悲しい別れの縁に出会っても、力強く希望をもって生きていく大切さを語ってらっしゃった姿が、印象に残りました。


 人生は良いことばかりは続かないものです。悲しい別れのご縁とも出会ってゆかなければいけないときもあることでしょう。法然上人は「念仏を申すものに永遠の別れはない。たとえこの世でつらい別れをしたとしても、必ず極楽浄土という世界に往かせていただき、そこで先に亡くなられた方とも間違いなく再会することができる」とお示しくださいました。


 年齢を重ねるとさまざまな経験値とは対照的に思うようにいかないこともでてきます。身体的な衰えは必ずやってくるものですし、それにともなって、精神的に弱気になったり自信をなくしたりする方もいます。長生きをすれば自分の大切な人と別れなければいけないご縁も当然増えてくるでしょう。


 日本は今、超高齢化社会になりましたが、長寿にめぐまれた人だけが知る悲しみというものもきっとあることと思います。しかし、人としての生命を終えた先に、極楽浄土という希望の世界が待っている、そのことをしっかりと胸におさめることができたならば、阿弥陀さまが迎えてくださる極楽浄土という希望に向かって力強く生き抜いていくことができるのではないでしょうか。

 法然上人のお歌に


 生けらば念仏の功つもり 


 死なば浄土にまいりなん


 とてもかくてもこの身には 


 おもいわずろう事ぞなき 


というものがあります。生きている間にお念仏をとなえてその功徳が積もり、命尽きるときにはお浄土に参らせていただける。(そう確信したならば)何も思い煩うことなどありません、という内容です。


 お念仏の御教えを受けとめ、朝起きたときや寝る前など日々の生活でお念仏をおとなえすれば、阿弥陀さまの世界へと続いていく人生が始まります。


(奈良県王寺町 永福寺 坊城慶史)

南無阿弥陀佛 いまを生きる 12月

Today and every day, live calmly in reliance on Amida Buddha――Namu Amida Buddha.

 わたくしの師匠であり父でもある先代住職は、お説教師でした。全国各地で声に出してお念仏をおとなえする大切さを説いて回っていました。その父が亡くなったのは、今から12年前のことです。食道がんが原因でした。ある日突然、かすれ声になり、原因を調べているうちに病状が悪化、治療を進めてはいたものの、最終的には声が出せなくなるまでになってしまいました。声が出なくなる前、病室に行くと、「仕方がない、ホンマやったらすぐに死んでいたかもしれない。だけど、この程度で済んでいるから、最期の準備がしっかりとできる」

 そう言っては、お念仏をとなえ、入退院を繰り返しながら、午前の気分の良いうちは病室でもお寺でも、熱心に写経をしていました。また、檀家さんの家にお参りに行ったときには、先に送った人たちのお位牌の前で、「もうすぐ行くからな」と、最後の挨拶もして回っていました。

 法然上人のお言葉に「転重軽受てんじゅうきょうじゅ」というものがあります。阿弥陀さまはお念仏をとなえている人の、重く受けるはずだった病気を転じて、軽くしてくださるという意味です。もっとも、「重い」か「軽い」かはある意味主観的な問題です。思ったよりも「軽い」と受けとめられる、そして前向きになれる、そうした功徳くどくをいただけるのがお念仏ということなのでしょう。

 お念仏をとなえていれば、臨終の際、阿弥陀さまは必ず私たちを極楽浄土へと導いてくださいます。だから悲喜こもごも、この世のことはありのままに受け止め、精いっぱい「いまを生きる」のです。

 今年は災害の多い年でした。「平成30年豪雪」「大阪北部地震」「平成30年7月豪雨」「北海道胆振いぶり東部地震」夏の「猛暑」、さらには数多くの台風上陸による被害など。

 「災害は忘れたころにやってくる」といわれますが、忘れる間もなく次々と襲ってくるような一年でした。しかし、自然に対して文句を言っても、どうなるものでもありません。被災した方には心からお見舞いを申し上げるとともに、亡くなられた方への供養を込めてお念仏をおとなえしつつ、前を向き、仏まかせの生活をしていただければ、と思うものです。

 今年も残すところあとわずかになりました。どうぞ、普段からしっかりとお念仏をとなえ、来るべきときのために、ともに精いっぱい「いまを生きる」ようにしましょう。

(大阪府守口市 来迎寺 白川雅宏)

ぬくもりに やすらぐ 11月

Bestow peace-bringing warmth on everyone.

 まもなく本格的な冬がやってきますね。朝起きるとき、布団の中のぬくもりから出るのがどうしても億劫おっくうになり、あと3分、5分…とついつい時が過ぎてしまいます。

 皆さんは「ぬくもり」と聞いて何を連想されるでしょうか? 私はまず「木のぬくもり」を思い出します。家具を取り扱う店に入ると、無垢材を使った家具の宣伝文句として「あたたかみ」とか「ぬくもり」あるいは「やすらぎ」というフレーズを頻繁に目にすると思います。なぜ、木=あたたかいというイメージが浸透しているのでしょうか。それは熱伝導率や色味が関係しているように思います。

 木の熱伝導率は金属などに比べると低いため、外気が冷たいときも、触った時にぬくもりを感じやすいのです。さらに木材は暖色といわれる色で、金属などの寒色といわれる色より体感温度(心理的な温度差)が約3度ほど温かく感じるそうです。この温度差がぬくもりとして、やすらぎ感を与えてくれるのかもしれませんね。木にぬくもりを感じるのは〝見て、触れる〟ことができるからでしょう。

 さて、浄土宗がよりどころとする『観無量寿経かんむりょうじゅきょう』というお経には「阿弥陀仏から放たれる光明こうみょう(心の迷いを破る光)はあらゆる世界を照らして念仏をとなえる私たちを救いとって捨てることがない」と説かれています。

 阿弥陀さまは私たちがとなえるお念仏の声を聞いてくださり、その姿をご覧になり、見守ってくださっているといわれます。つまりお念仏を通して阿弥陀さまとの距離を近づけることができるというわけです。

 「南無阿弥陀仏」とお念仏をとなえるとなんだか心がやすらいだ、落ち着いた、という経験はありませんか。阿弥陀さまの光明が私たちの心を照らし、やすらぎを与えてくださっているのです。個人的な見解ですが、お念仏をとなえる人は心なしか心の穏やかな方が多いような気がしますし、周りの人を和やかにすると思います。

 そうして阿弥陀さまと心を通わせた暁には、阿弥陀さまの極楽浄土へくことができるのです。

 せわしない現代を生きるなかで、ぬくもりや、やすらぎを感じることが少なくなってしまった私たち。木のように目で見て、手で触れることはできないけれど、それよりもはるかにあたたかくやさしい阿弥陀さまのぬくもりを、お念仏をとなえつつ心で感じとり、穏やかな日々を過ごしたいものです。

  (名古屋市 正行寺 祖父江良匡)

曇り夜も 月は輝いている 10月

Behind the clouds, the moon still shines, just as the compassion of Amida Buddha continually radiates forth.

 父子家庭で育ったある娘さんのお話です。お父さまは娘さんを立派に育てあげた後、亡くなられました。その娘さんはお父さまが亡くなってから、自分の知らない父の話を耳にすることが多くなったといいます。その内容は、「母親がいないのでどのようにすればいいのかわからない」という周囲への相談などだったそうです。娘さんは、自分の知らない所で気にかけてくれていた、それを知ることができたことが嬉しかったとおっしゃっていました。そして、父が亡くなり、一人ぼっちになった今でも、見守ってくれている気がするとのことでした。

 このような経験はどなたにもあるのではないでしょうか。私の祖父は私が中学生の時に亡くなりました。3月のまだうすら寒い夜、きれいな月が出ていたのを今でも覚えています。当時、祖父との思い出といえば、小さいころのぼんやりとしたものしかありませんでした。しかし時間が経つにつれて、私も周りから私の知らない祖父のことを聞くようになりました。小さい私の手を引き、よく本堂のお参りをしたこと、周囲にはよく私の話をしていたことなど。時には祖父の思い出が、私と全く関係のなかった方を繋ぎとめてくれていることに気づかされることさえあります。このような時、祖父が今でも見守ってくれているように感じることが確かにあるのです。

 月かげの 

  いたらぬさとはなけれども

   ながむる人の 心にぞすむ

 法然上人の御歌です。月の光は遮られることなく、どこにも分け隔てなく届きます。しかしいくら月の光が映えていても、気がついて眺める人にしか、その心には届かないという意味です。

 月の光と同じように、阿弥陀さまの光明はあらゆる世界を照らし、全ての方をお救いくださいます。しかしその光を見ようとしなければ、阿弥陀さまの御心みこころにさえ気づくことはできません。また法然上人は、阿弥陀さまの光明は生まれた時から臨終まで照らし続けて、決して捨てることはないともおっしゃっています。

 心細いときがあっても、阿弥陀さまはきちんと見ていてくださいます。たとえ曇り夜でも、月は雲の上で輝いているように、目には見えなくても阿弥陀さまとご一緒にいらっしゃるあの方も、あなたを気にかけてくださっているでしょう。その眼差しを感じながら、お念仏の日暮らしを大切にしていきたいものです。

(埼玉県戸田市 常福寺 渡邉龍彦)

あの人の恩 ありし日を思う 9月

Thank your benefactors who have passed away for their kindnesses.

 平成元年の春、私が25歳で僧侶の資格を取るため、京都にある大本山知恩寺で修行に入ったときのことです。

 お寺に生まれ育った私ですが、のんべんだらりの生活を送っていましたので、お経はもとより、仏具の名前などの知識もありませんでした。

 ある時、先輩僧侶に「三方さんぼうを持ってきて」と言われましたが、何をもっていっていいか分からず、ぼーっとしていると、「なんや、そんなことも知らんのか」と一喝。使いやすいお経本があるにも関わらず、「お勤めの経本は自分で作りなはれ」と言われ、「御朱印を書くにはまだ早い。上達せい」とあて名書きの練習ばかりでした。

 掃除の折にも、「頭は賢く使うもんやぞ」とホウキ一本、古いものまで工夫一つで便利になるということを教えていただき、修行を終えるころには愛着さえいてきました。

 週に一度の休日も有意義に使えとのお達しがありましたので、別のお寺での修行。実質、休日はあってないようなものでしたが、その先輩から、〝安易に便利さや楽さに身を任せないように〟との教訓に感じ入りました。

 しかし今になってみれば、私を修行に出してくれた家族があり、そこからあらゆる縁が結ばれ、知識を深められたことに感謝するばかりです。

 今私が住持するお寺は、もとは尼僧にそう寺院でしたので、これまで多くの尼僧さんのご苦労と、そこに関わるお檀家さんとのご縁によって継承されてきた賜物と感じます。知恩寺での経験があったからこそ、より強く感じることができるのだと思います。

 私を私として生かしているのはさまざまなご縁や、人との出会いであり、また、それを取り囲む生活の中にあったと思うのです。そしてその生活をよりよくするものは、利便さなどではなく、五感を通した調和の世界。

 日々、決して楽しいことばかりではありませんが、人は誰かと関わらずしては生きていけません。

 「私」という存在はご先祖さまがあってのこと。人として命をいただき、多くの方と仏縁をいただいたからこそ、輪廻りんねの里を離れ、迷い苦しみのない極楽浄土へと導いてくださる阿弥陀さまを拝み、お浄土への道を歩むために「ただ一向いっこうに念仏すべし」と決定けつじょうの心をお伝えくださった法然上人のお言葉を、今一度心に刻みこむことができます。

 一度しかない人生です。お念仏のある生活を続けてまいりましょう。

(神奈川県 本真寺 斎藤良典)

極楽浄土に思いを馳せる 8月

Try to remember those who are now in the Pure Land.

 6月18日午前7時58分、大阪北部を震源とする地震が発生しました。私の住んでいる京都府南部でも非常に強い揺れを感じ、多くの被害がでました。私は地震発生直後、ご本尊の阿弥陀さまのことが気になり、すぐに様子を確認しに行きました。すると、いつも正面を向いている、重さ100キロを超える阿弥陀さまのお顔が下を向き、今にも首から折れて落ちそうなお姿になっていました。私は、大変ショックを受け、しばらくその場に立ちすくんでしまいました。そんな時、総代さんや近所のお檀家さんが、お寺を心配し次々に駆けつけてくださり、阿弥陀さまのお顔を拝まれるなり、驚き、涙を浮かべる方もおられました。お檀家さんと相談して、まず一番に阿弥陀さまを修復することが決まって、専門家の力を借り、なんとか元のお姿に戻すことができました。

 修復が終わった後、元通りになられた阿弥陀さまの前で、お檀家さんと一緒にお念仏をとなえました。皆さん安堵あんどの表情で、「よかった、よかった」と泣いて喜んでくださいました。そんな姿を見て、普段から極楽浄土や阿弥陀さまに想いをせてくださっている、ということに改めて気付き、大変嬉しく感銘を受けました。

 では、その極楽浄土とはどんな所なのでしょうか? 以前、お檀家さんに「極楽浄土は、楽の極みと書くくらいだから、きっと楽しいことが満ちあふれているのですよね」と質問を受けました。『阿弥陀経』にも、「もろもろの苦しみあることなく、ただもろもろの楽のみをうく、故に極楽と名づく」と説かれていますから、そのように想像しても不思議ではありません。しかしここでいう「楽」とは、欲望を満たす意味での「快楽」ではありません。我々人間の価値観を超えた心からの安らぎを実感できる場所なのです。

 そのような場所だから、「仏となることを目指し修行するにはとっておきの場所」といえるのです。その極楽に往生したなら、「浄土十楽じょうどじゅうらく」といって、阿弥陀さまから直接説法を受けられる「見仏聞法けんぶつもんぼうの楽」、縁のあった人を極楽浄土に往生させることの出来る「引接結縁いんじょうけちえんの楽」といった、十の楽しみを感じながら、すでに往生された方々と共に修行を積み、煩悩ぼんのうにまみれた私たちがいつかは仏さまとなることができる。そのような世界が、阿弥陀さまがご用意くださった極楽浄土です。極楽浄土にしっかりと想いを馳せながらお念仏をとなえてまいりましょう。

(京都府城陽市 常光庵 叢 健太)

倶会一処  7月

We will all surely meet again in the Pure Land

 歌手の森山良子さんが作詞された『なだそうそう』という曲をご存じですか? 若くして亡くなった兄に「また会いたい」という思いを込めながら作詞されたそうです。

 皆さんも先立たれた大切な方に「また会いたい」そんな願いを抱いたことはありませんか? 私たち浄土宗には、「また会いたい」という願いに寄り添う「俱会一処くえいっしょ」という言葉があります。墓石にも刻まれることがあるこの言葉は、浄土宗でりどころとするお経の一つ『阿弥陀経』に説かれています。

 「たとえこの世で大切な方との別れを迎えようとも、南無阿弥陀仏とお念仏をおとなえする者どうしは、阿弥陀さまのお迎えをいただき、必ずともに一つのところ、すなわち西方極楽浄土でまたお会いすることができるのです」という教えです。亡き方との再会を阿弥陀さまが叶えてくださるのです。無常の世だからこそ、大切な方との再会を約束してもらえるならば、これほど心強いものはありません。

 私のお寺のお檀家さまに、お盆と春・秋のお彼岸の3度、ご自宅にお参りに伺っている方がいます。ある年のお参りのこと、お勤めが終わり、談笑する中で、阿弥陀さまのことやお念仏のことをお伝えすると突然、奥さまが涙を流され、その理由を話してくださいました。

 「主人が倒れた時、私はどんなことをしてでも治してほしい。そう医師に伝えたの。すると主人は全身にチューブを通されてしまった。喉にも通され、最期は話すことも出来なくなってしまったの。きっと子どもや孫にいろんな言葉を残してあげたかったと思う。今になってみれば筆談でもすればよかったのだけれど、当時の私にはそんな余裕もなくて…。その主人にまた会える、また話ができると思うと嬉しいわ」

 そう言って最後にまた手を合わせ、一緒にお念仏をとなえてくださいました。

 「また会いたい」と私たちが抱く願いに寄り添ってくださる阿弥陀さまがいらっしゃることの頼もしさ、嬉しさを改めて実感した瞬間でした。

 まもなくお盆を迎える地域の方もあることでしょう。お仏壇やお墓に向かってお念仏をおとなえする機会も増えることと思います。どうか習慣やしきたりとしてただとなえるお念仏ではなく、やがてはご先祖さまや、先立たれた大切な方と極楽浄土で「また会える」と楽しみを胸に、おとなえください。    

(静岡県島田市 大善寺 山田雅宣)

人柄は その一言に あらわれる 6月

Your every word reveals what you are.

 昨年11月のこと。私の住む名古屋あたりでは夕方5時で真っ暗になる。その時刻を少し過ぎたころ、自転車で帰宅した妻が自坊の山門にさしかかった時、事件は起きた。

 うちのお寺周辺の道はかなり狭く、車では通り抜けられないところも何カ所かある。だから、日ごろから門前や門の脇の余地で切り返しをする車は珍しくなく、その日も1台の車が切り返しをしていた。

 そこに妻が通りかかった。あたりは暗いので、ドライバーに自分は気づかれていないのではないかと思い、妻は自転車をとめ、様子をうかがっていた。すると、車の運転席の窓がスーと開いて、「早く行けよ!」と男性の高圧的な声が響いた。

 妻にしてみれば、寺の土地を勝手に利用している人から、いきなり怒鳴られる覚えはない。恐怖と落胆で、仕方なく無言のまま自転車を手で押しながら、山門をくぐり、自宅へ戻ってきた。

 夕飯を食べながら、妻は今さっきあった出来事を私に報告した。妻がドライバーの顔を見ていないこと、妻が山門から寺へ入っていったことを相手は多分見ていた、などなど。

 もしかすると「よりによって利用させてもらった土地の居住者に怒鳴ってしまったのか」「自分の顔を見られたのではないか」と、かのドライバーも怒鳴ったことを後悔しているかもしれない。ご近所さんや檀家さんであれば、よりいっそうだ。妻の顔を見るたびに怯えなければならないだろう。

 「お先にどうぞ」と言っておけばこんなことにはならなかったのに、と思う。「お先にどうぞ」も「早く行けよ!」も、語句の意味としては譲っていることにはかわりはないのだが、ニュアンスは決定的に異なる。ドライバー特有の〝車を運転している〟という優越感に引きずられて態度が大きくなってしまったのだろうか。

 法然上人は「驕慢きょうまんの心だに起こりぬれば、心行しんぎょう必ずあやまる故に、たちどころに阿弥陀仏のがんそむきぬる者にて、弥陀も諸仏も護念ごねんたまわず。さるままには悪鬼あっきのためにも悩まさるるなり」と仰せられた。このお言葉は、お念仏の功徳くどくを自分の努力の結果だと勘違いする自力念仏をいましめるために申されたものではあるが、常日ごろのおのれの態度にも通じるであろう。そう、人柄はその一言にあらわれる。

 「早く行けよ!」と怒鳴った方は、妻の記憶の中ではずっと「礼儀知らずの高圧的な人」のままなのである。

(名古屋市 誓願寺 鈴木正見)

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