忘れていいこと ならぬこと 12月
―Looking back on the year, what can we forget,
what must remember?―
もう30年近く前になるでしょうか。私が高校生くらいの頃、今思えば反抗期だったのかもしれませんが、母親に「産んだからには育てるのが当たり前だろう!」と口を返してしまったことがあります。今でも思い返すとなんてひどいことを言ったのだろうと後悔し、そして反省しています。現在は私にも高校生と中学生の子どもがいます。あの頃の私と同じくらいの年齢です。時々、子どもたちの言動に腹立たしくなることがあります。
母親に「腹立つことはなかったのか?」と尋ねましたら、「いちいち覚えて気にしていたら、子育てなんてできないよ!」と答えが返ってきました。
最近、親殺しや子殺し、家庭内暴力、子どもの自殺などが日ごとに報道されています。親子関係や絆が今、問われていると思うのです。
お釈迦さまが説かれた『父母恩重経(ぶもおんじゅうきょう)』には、「親が子どもを産み、育ててくれた恩に、子どもはどのように報いるか」が説かれています。親は子どもの言動が腹立たしいことも忘れ、自分はさておき、子どもに美味しいものを食べさせたり、子どもの粗相を嫌がらずに洗濯をしたり、いつ何時も子どもの安全と幸福を願っています。親の愛情とは大変慈悲深いものです。
私も親になって少しではありますが、両親の苦労や想いがわかったような気がします。
宗祖法然上人は
「わが念仏し候 功をあわれみて わが父母を 極楽へ 迎えさせおわしまして 罪をも滅しましませとおもわば 必ず必ず迎えとらせ おわしまさんずるなり」
(出典『法然上人全集』)
と両親を重んじる道は、お念仏の功徳を悉(ことごと)く両親に振り向けること、と仰せになられています。「極楽へお迎えくださるように」との願いも、「もしある罪を滅しますように」との祈りも、両親を思う子の心なのだと思います。
老いいる親を背負っている姿を表している「孝」を行うことこそ、子の果たさなければならない義務ではないでしょうか。念仏を信じ、となえる者は、そのためにも親への感謝を忘れずにお念仏をおとなえしながら「親孝行したいときには親なし」と後悔することのないように、日暮らしを送らなければなりません。
今年起こった悪いことを忘れ、今生きていることや親への感謝を忘れずに、良い年を迎えましょう。
(北海道鷲ノ木町 霊鷲院 平塚正樹)