失敗も 貴重な経験 6月
―Present setbacks nourish future successes.―
何をしても続かない子どもの頃の私は、人に自慢できるようなことを、一つも持ち合わせていませんでした。そんな私が、5年前から私のお寺のホームページに、浄土宗月訓カレンダーのお話を、独自に書くようになったのです。継続は力なりと申しますが、拙い文章でも続けていれば良いこともあるものです。浄土宗から原稿のご依頼をいただきました。5年間の多くの失敗がこのような貴重な経験につながるとは、夢にも思いませんでした。
「聞名得益偈(もんみょうとくやくげ)」という偈文(げもん)の最後に「自致不退転(じちふたいてん)」という一節があります。「おのずから不退転の境地に致る」という意味です。不退転の境地とは、仏と成るまで修行を怠ることがないという状態です。つまり、間違いなく仏に成れるということです。
私はこの偈文を学んだ時、私のような者でも、阿弥陀さまやお釈迦さまのような仏に成れるのだと感動しました。もちろん、私だけが仏に成れるのではありません。すべての人にその可能性があります。なぜなら、阿弥陀さまはすべての人を救うために、すべての人が修められる修行をご用意くださったからです。それが、南無阿弥陀仏です。「南無」は助けてくださいという意味です。阿弥陀さま、どうか私を極楽へお救いくださいと願いを込めておとなえするのが、お念仏の唯一の条件です。
阿弥陀さまは「我が名を呼ぶ者を必ず救える仏と成る」と誓われて、果てしない時間にわたる修行を積まれ、仏と成られた御方です。お念仏をおとなえすれば、我々を必ず極楽にお救いくださいます。
阿弥陀さまの御力を信じてお念仏をおとなえし極楽に生まれたならば、必ず仏と成れるのです。そのあかつきには、今度は我々が、人々を救う存在となり、この世に遺してゆく家族、病に苦しむ人たち、生きとし生けるものを救うことができます。すべては阿弥陀さまの御力によるものです。
この世において我々は不退転の境地に致ることはできません。つまり何事においても失敗はつきものなのです。しかし、その失敗を生かすことによって、失敗も人生の糧となります。いかにして継続するかを工夫することが、人生を明るく穏やかにするための第一歩になるのだと私は思います。
日々、お念仏をおとなえし、極楽に生まれ、共々に仏と成らせていただきましょう。失敗を繰り返す我々ですが、阿弥陀さまの御力を信じて仏道を歩みましょう。今日の一歩は、仏への道につながっているのですから。
(大阪市 法藏院 苅安卓也)


